ある夜、ふと目が覚めた。
天井のシミが、妙に人の顔に見えて、動悸がした。
「もしこのまま、人生が壊れていったらどうしよう」
そんな妄想が雪崩のように押し寄せて、眠れなくなることがある。
不安というのは、根拠を必要としない。
どこかの誰かが体験した悲劇、ネットで拾った最悪の事例、
過去に自分が一度だけミスをした記憶——
それらが、いつしか「自分もそうなるかもしれない」という物語に化ける。
だけど、少し冷静になって振り返ってみるといい。
これまでの人生、どれだけの「最悪のシナリオ」が現実になっただろうか?
想像していたほど最悪の事態には、実際はならなかった。
むしろ、思いがけない助けが入ったり、自分が思っていたより冷静に対処できたりしてきた。
もちろん、すべてが順風満帆ではない。
痛みも、後悔も、失敗もあった。
けれど、「人生が終わる」とまで思い詰めた夜のいくつかは、
次の朝のコーヒー一杯で意外と回復していた。
不安に飲まれそうなとき、僕はこう思うようにしている。
「その“最悪”って、実際どれくらいの確率で起こるんだろう?」と。
統計的にも、人生的にも、“取り越し苦労”で終わることのほうが、圧倒的に多い。
むしろ、本当に怖いのは、想像できなかったことのほうだ。
予測できる不安なんて、対処の余地があるだけ、まだマシだ。
だから今日も、最悪の事態は「ほぼ起きない」と仮定して、
一歩だけでも前に進んでみる。
不安を感じながらでも、やれることを、やれる範囲で。
もしその一歩で風向きが変わったら、
「最悪」ではなく、「なんとかなるかも」という物語が、
少しずつ始まる気がしている。