「仕事のある場所へ移る」という行動は、アメリカではごく自然なことです。
一方、日本では、産業が衰退しても人が大量に移動することはほとんどありません。
この違いには、歴史的・制度的な背景が深く関わっています。
アメリカ:産業の盛衰とともに動く人々
アメリカの雇用流動性は、産業構造の変化と大規模な地域移動の歴史に根ざしています。
鉱山と鉄道の時代(19世紀)
ゴールドラッシュ(1848〜1855年)で労働者が西部へ移住
鉄道建設が終われば、労働者は農業や都市部の工業へ
重工業の黄金期と衰退(20世紀前半)
自動車、鉄鋼、造船業が盛り上がり、南部や農村から工業都市へ移住
戦後、製造業衰退で「ラストベルト」から南部・西部の「サンベルト」へ大移動
IT・サービス業の時代(20世紀後半〜現代)
シリコンバレーやシアトルなどハイテク都市が急成長
住宅コスト上昇でテキサスやコロラドなど新興都市へ再移動
ポイント
アメリカでは、雇用を求めて地域や業種を変えることが当たり前。
社会保障や住宅市場の制度も、移動を阻害しにくい設計になっています。
日本はなぜ大規模移動が起きなかったのか
同じ産業衰退を経験しても、日本ではアメリカのような地域間移動はほとんど起きませんでした。
理由は複合的です。
(1) 終身雇用と企業内移動
日本の正社員は企業に雇われ続ける限り、仕事も福利厚生も保障される
事業所閉鎖時は同じ企業内で転勤・配置転換されるため、業種や地域を変える必要が少ない
(2) 住宅と地域社会の固定性
持ち家率が高く、ローンや親族関係で地域に縛られやすい
コミュニティや自治会、学校など生活基盤が地域密着型
(3) 社会保障の設計
年金や健康保険が企業単位で運用されることが多く、転職時に不利になる場合があった
特に高度成長期までは「転職=経歴に傷」という文化が強かった
(4) 産業政策と雇用調整助成金
政府が不況産業の雇用を守るために企業に補助金を出し、リストラや移動を抑制
炭鉱閉鎖や造船不況でも、地元で再雇用や公共事業が行われた
流動性の差が生む社会の違い
アメリカ:失業リスクは高いが、新しい産業や都市で再出発しやすい
日本:雇用の安定性は高いが、産業転換や地域経済の再生が遅れやすい
結果、アメリカでは産業ごとの興亡が人口移動と直結し、都市や州の姿を変えていきます。
日本では、地域に人は残るものの、若年層流出や産業空洞化がじわじわ進むという形になります。
これからの日本はどうなる?
近年、日本でも非正規雇用や転職市場の拡大で、雇用流動性は少しずつ高まっています。
しかし、住宅、家族、福祉の制度が変わらない限り、アメリカ型の大規模移住は起きにくいでしょう。
まとめ
アメリカの雇用流動性は「仕事がある場所へ人が動く文化と制度」の結果。
日本は「仕事を地域や企業が守る文化と制度」によって、大規模移住が抑えられてきました。
どちらが良い悪いではなく、両国は異なる社会的選択をしてきたと言えます。