最近、ふと思うことがあります。
昔に比べて、「親の威厳」というものが弱くなった一因に、カード決済や銀行振込、電子マネーなどの普及もあるのではないか、と。
もちろん、親の威厳がなくなった理由をキャッシュレス化だけに求めることはできません。家庭環境や社会の変化、子どもの価値観など、さまざまな要因があります。
ただ、「お金の見え方」が変わったことは、教育にも少なからず影響しているように思います。
昔は、子どもが何かを欲しがれば、親が財布から現金を取り出してお金を渡す。
「これはお父さんが働いて稼いだお金だよ」
「今月のお小遣いはこれだけ」
「高いものだから、よく考えて買いなさい」
そんなやり取りを通して、子どもは自然に「お金には限りがある」「お金を得るには働く必要がある」という感覚を身につけていきました。
ところが現在は、カードを一度かざすだけ。スマートフォンをタッチするだけ。ネットで注文すれば、翌日には商品が届く。
お金が「財布から減っていく」という感覚すらありません。
すると、子どもから見た親の姿も少し変わります。
「親が働いてお金を得ている」という現実よりも、
「欲しいものを買ってくれる人」
という側面だけが見えやすくなるのです。
これは、親の威厳が弱くなったというより、親の労働や経済的な負担が見えにくくなったと考えたほうがいいのかもしれません。
だからこそ、今の時代の金銭教育では、単に「無駄遣いするな」と教えるだけでは不十分です。
「このお金はどうやって生まれたのか」
「誰が働いているのか」
「何時間働けば、この金額になるのか」
「欲しいものと必要なものは何が違うのか」
そうしたことを家庭で話すことが大切なのではないでしょうか。
キャッシュレス社会は便利です。
しかし、便利になったからこそ、見えなくなったものを意識的に見せる教育が必要になっている。
お金の教育とは、金額の計算だけではありません。
そのお金の向こう側にいる「働く人」の存在を知ること。
そして、その中にいる「親の姿」を知ること。
もしかすると現代の親に必要なのは、昔ながらの「威厳」を取り戻すことではなく、自分がどんな思いで働き、家庭を支えているのかを子どもに伝えることなのかもしれません。