人には、人生を変えるほど影響を受けた人物がいるものです。
私にとって、その一人が中田英寿です。
もちろん、サッカー選手としても素晴らしい存在でした。
世界最高峰だったイタリア・セリエAに挑戦し、日本人でも世界で戦えることを証明しました。現在、日本代表の多くの選手が海外で活躍していますが、その道を切り開いた功績は計り知れません。
しかし、私が本当に影響を受けたのは、サッカー選手としてのプレーではありません。
2006年、ドイツワールドカップ。
ブラジル戦の敗戦後、ピッチに寝転び、しばらく立ち上がれなかった中田英寿の姿を、今でも鮮明に覚えています。
その後、29歳という若さで現役を引退しました。
当時、多くの人が驚きました。
「まだできるのに、なぜ辞めるのか。」
私も同じように思いました。
しかし、その後の中田英寿の生き方を見て、その考えは変わりました。
彼は「元サッカー選手」として生きることを選びませんでした。
世界中を旅し、日本各地を訪れ、日本酒や伝統工芸、地域文化を学び、日本の魅力を世界へ発信する活動を始めたのです。
一つの成功に安住せず、新しい世界へ飛び込んでいく。
その姿勢に強く惹かれました。
当時の私は、都内の通信制高校で教員として働いていました。
教員という仕事はやりがいがあり、安定もしています。
そのまま定年まで勤めるという人生も、十分に考えられました。
それでも、心のどこかで思っていました。
「本当に自分がやりたい教育は、この場所だけで実現できるのだろうか。」
その答えを探していた頃、中田英寿の生き方が背中を押してくれました。
人生は一度しかありません。
一つの仕事に縛られる必要もありません。
挑戦したいことがあるなら、挑戦すればいい。
そう考えるようになり、私は教員という立場だけで終わるのではなく、自分自身の教育理念を実現するために学習塾を立ち上げました。
もちろん、不安もありました。
失敗するかもしれない。
収入も安定しないかもしれない。
それでも、自分で決断した道だからこそ、納得できる人生を歩めると思ったのです。
教育とは、知識を教えることだけではありません。
自分で考え、自分で決断し、自分の人生を切り拓く力を育てることでもあります。
子どもたちにも、安定だけを求める人生ではなく、「自分はどう生きたいのか」を考えられる大人になってほしいと思います。
誰かが決めたレールを歩くことも一つの人生です。
しかし、自分で新しい道を切り開く人生もあります。
中田英寿は、日本サッカーの歴史を変えただけではありません。
私に、「人生は何歳からでも、新しい挑戦ができる」ということを教えてくれた人でもあります。
その教えは今も、私の教育の根底に流れています。