なぜ今の子どもたちは「普通に成功する」より「一発逆転」を夢見るのか

最近、若い世代の価値観について興味深い記事を読んだ。

「デートや飲酒を控える一方、金融リスクには好戦的。一攫千金に賭けるZ世代。その背景には“絶望感”がある」という内容だ。

一見すると矛盾している。

お金を使わない。節約する。無駄な消費を避ける。

ところが、投資などでは大きなリスクを取って、一気にお金持ちになろうとする。

なぜなのか。

私は、そこには「普通に努力していれば、普通に幸せになれる」という感覚が薄れていることが関係しているのではないかと思う。

「頑張れば中流になれる」という時代の終わり

昔は、

勉強する
↓
いい学校に行く
↓
いい会社に入る
↓
真面目に働く
↓
結婚して家を買う

という、ある程度わかりやすい人生モデルがあった。

もちろん、昔から誰もがそのルートを歩めたわけではない。

それでも、「普通に頑張れば、普通の生活ができる」という期待は今より強かったように思う。

ところが現在は、物価が上がり、住宅費も教育費も高くなり、将来への不安も大きい。

一生懸命働いても、生活が劇的に豊かになるとは限らない。

すると、

「普通に頑張る意味って何だろう?」

という疑問が生まれる。

子どもたちが見る「成功」は、あまりにも派手になった

私が塾で子どもたちと接していても、それを感じることがある。

「将来何になりたい?」

と聞くと、

「YouTuberになりたい」

「YouTubeで成功してお金持ちになりたい」

という答えが出てくる。

もちろん、YouTuberになりたいこと自体が悪いわけではない。

問題は、その先にあるイメージだ。

高級車。

大きな家。

海外旅行。

好きなものを好きなだけ買う生活。

SNSに映し出される華やかな日常。

子どもたちは「成功した人の生活」を毎日のようにスマートフォンで見ることができる。

しかも、それは成功した人だけが発信している。

普通に会社で働いて、毎月給料をもらい、家賃を払い、少しずつ貯金して、休日に家族と出かける。

そういう人たちの生活は、ほとんどSNSには流れてこない。

つまり、子どもたちが毎日見ている世界では、

「普通の人生」は見えない。

見えるのは、

「大成功した人」

「大金を稼いだ人」

「底辺から一気に這い上がった人」

という極端な人生ばかりだ。

「中間」が見えなくなっている

ここが非常に重要だと思う。

実際の社会には、もちろん多くの「普通に暮らしている人」がいる。

しかし、SNSの世界では、その中間層が非常に見えにくい。

すると子どもたちの頭の中で、

「成功=キラキラした生活」

「失敗=貧しい生活」

という二極化したイメージが作られてしまう。

本当の人生には、その間にものすごく広いグラデーションがある。

年収が少しずつ上がる。

仕事が少しずつできるようになる。

小さな家を買う。

好きな仕事を副業にする。

趣味を楽しむ。

家族と普通にご飯を食べる。

こういう「中間の幸せ」は、SNSではほとんどコンテンツにならない。

だから、存在しているのに見えなくなる。

「一発逆転」は、希望の形なのかもしれない

そう考えると、「一攫千金」を求める若者を、単純に「努力したくない人」と片付けるのは少し違うのかもしれない。

むしろ、

「普通に頑張っても、欲しい生活には届かない」

という感覚が強くなった結果、

「だったら一発逆転するしかない」

という考え方になっている可能性がある。

これは投資だけではない。

YouTube。

SNS。

起業。

仮想通貨。

インフルエンサー。

さまざまな場所で「一気に人生を変える」という物語が人気になる。

努力そのものを嫌っているのではない。

努力しても報われない未来が怖い。

だから、短期間で人生を変える方法に魅力を感じる。

そこには、ある種の「絶望」があるのではないだろうか。

教育で伝えたいのは「夢を見るな」ではない

だから私は、子どもたちに

「YouTuberなんて無理」

「そんなに簡単にお金持ちにはなれない」

と言うだけでは意味がないと思っている。

夢を見ることは悪くない。

むしろ、夢は持っていていい。

ただし、

「成功」と「派手な生活」を同じものにしないこと。

そして、

人生には一発逆転だけではなく、少しずつ積み上げていく成功もある

ということを知ってほしい。

100万円を一気に稼ぐことだけが成功ではない。

毎月1万円を貯められるようになることも成功。

昨日できなかったことが今日できるようになることも成功。

人とうまく話せるようになることも成功。

嫌なことから逃げるのではなく、自分で考えて選択できるようになることも成功だ。

そういう小さな成功を積み重ねていけば、人生は意外と変わっていく。

「普通」は負けではない

今の子どもたちに一番伝えたいのは、これなのかもしれない。

普通に生きることは、負けではない。

派手な生活をしていなくてもいい。

高級車に乗っていなくてもいい。

何万人ものフォロワーがいなくてもいい。

毎日働いて、好きなことをして、たまに旅行をして、大切な人とご飯を食べる。

そんな人生も、十分に成功だ。

むしろ、SNSに映らないところに、本当の豊かさがあるのかもしれない。

一発逆転を否定する必要もない。

大きな夢を持つことも否定しなくていい。

ただ、

「一発逆転しなければ幸せになれない」

という考え方だけは、子どもたちに持ってほしくない。

人生は、0か100かではない。

その間には、99もの段階がある。

その「中間」を見つけられる人間に育てること。

それも、これからの教育に必要なことなのではないだろうか。

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