最近、ネット上で「ドパガキ」という言葉を見かけることがあります。
これは「ドーパミン中毒の子ども」を略したネットスラングで、スマートフォン、ゲーム、ショート動画、SNSなど、強い刺激を日常的に受け続けることで、刺激を求める傾向が強くなった子どもを指す言葉として使われています。
もちろん、この言葉には少し批判的なニュアンスがあります。しかし、この言葉が生まれた背景には、現代の子どもたちを取り巻く環境の大きな変化があります。
昔の子どもたちは、今ほど簡単に刺激を得ることはできませんでした。
テレビは放送時間まで待つ必要があり、ゲームも親に買ってもらうまで待つ必要がありました。外で遊ぶ時も、友達と予定を合わせ、実際に会わなければ遊ぶことはできませんでした。
そこには「待つ時間」がありました。
しかし現在は、スマートフォンを開けば数秒で動画が流れ、ゲームでは常に新しい報酬が与えられ、SNSでは次々と情報が表示されます。
脳にとって魅力的な刺激が、いつでもどこでも手に入る時代になったのです。
問題は、子どもが楽しいものを求めること自体ではありません。
人間の脳は、楽しいことや興味のあることを求めるようにできています。
ただ、強い刺激に慣れすぎると、すぐに結果が出ないものを我慢する力が育ちにくくなる可能性があります。
例えば、読書、勉強、スポーツの練習、人間関係づくり。
これらは努力しても、すぐに大きな達成感を得られるものではありません。
しかし、人生で本当に大切な力の多くは、時間をかけることで身につきます。
現代の教育で大切なのは、「スマホを禁止すること」だけではないと思います。
必要なのは、子どもたちに「刺激のない時間」を経験させることではないでしょうか。
何もない時間に考えること。
退屈な時間に工夫すること。
すぐに答えが出ないことに向き合うこと。
そうした経験が、集中力や忍耐力、想像力につながっていきます。
そして、これは子どもだけの問題ではありません。
大人もスマートフォンの通知、SNSの反応、ネットショッピングなど、常に小さな刺激を求める環境の中で生活しています。
子どもに「スマホばかり見ないで」と言いながら、大人自身がスマホから離れられない。
そんな矛盾も、現代社会にはあります。
「ドパガキ」という言葉は、単に子どもを批判するための言葉ではなく、私たち大人も含めて、刺激が多すぎる時代をどう生きるかを考えるきっかけなのかもしれません。
便利になった時代だからこそ、あえて不便な時間を作る。
すぐ手に入る快楽だけではなく、時間をかけて得られる喜びを教える。
それが、これからの時代に必要な教育なのではないでしょうか。