「教育格差」と聞くと、まず何を思い浮かべるでしょうか。
塾に通えるかどうか。
家庭教師をつけられるかどうか。
私立中学を受験できるかどうか。
大学の学費を払えるかどうか。
もちろん、家庭の経済力は教育格差を生み出す大きな要因です。
しかし、教育格差は「お金」だけでは説明できません。
実は、もっと見えにくい格差があります。
それが、家庭の中にある「文化資本」です。
家に本があるか
たとえば、家に本がたくさんある家庭。
子どもが「これ何?」と聞けば、親が一緒に調べてくれる家庭。
ニュースを見ながら社会や政治について話す家庭。
休日に博物館や美術館へ行く家庭。
旅行先で歴史や文化について話す家庭。
こうした経験は、学校のテストには直接出てこないかもしれません。
しかし、子どもが持っている「知識の土台」を少しずつ広げていきます。
そして、その土台が学校での学習にもつながっていきます。
「勉強しなさい」だけでは教育にならない
教育熱心な家庭でも、
「勉強しなさい」
「テストで何点だった?」
と成績ばかりを気にするケースがあります。
もちろん、学習習慣は大切です。
しかし、それだけではありません。
子どもが、
「なぜ?」
「どうして?」
「もっと知りたい」
と思える環境が家庭にあるかどうか。
こちらのほうが、長い目で見ると大きな差になることがあります。
たとえば、子どもが「宇宙ってどうなっているの?」と聞いたとき、
「そんなことより宿題やりなさい」
と言われる家庭と、
「面白いね。一緒に調べてみようか」
と言われる家庭。
同じ子どもでも、日常の中で得られる経験は変わってきます。
「情報格差」も教育格差になる
もう一つ見逃せないのが、情報の格差です。
高校受験、大学受験、奨学金、推薦入試、留学、資格、進学先。
現在は選択肢が非常に多くなっています。
しかし、選択肢を知らなければ、選ぶこともできません。
「こんな大学がある」
「こういう奨学金がある」
「この資格を取ると、こういう仕事につながる」
「この高校にはこんなコースがある」
そうした情報を早い段階で知っている家庭と、知らない家庭では、子どもの進路選択に差が生まれる可能性があります。
教育格差とは、単純に「勉強時間の差」だけではないのです。
「何を知っているか」の差でもあります。
親の学歴だけで決まるわけではない
もちろん、親が高学歴だから必ず子どもも勉強ができるわけではありません。
逆に、親が大学に進学していなくても、子どもに豊かな学習環境を与える家庭はあります。
大切なのは、親自身がどれだけ教育を受けたかだけではなく、
家庭の中に「学ぶことを大切にする文化」があるか。
ということです。
親が本を読む。
子どもの疑問を否定しない。
知らないことを一緒に調べる。
社会の出来事について話す。
子どもの興味を応援する。
こうした小さな積み重ねが、子どもの「知りたい」という気持ちを育てていきます。
では、どうすればいいのか
ここで重要なのは、
「文化資本の少ない家庭はダメだ」
という話ではありません。
そんな単純な話ではないからです。
家庭の事情はそれぞれ違います。
親が忙しくて、本を読む時間がない家庭もあります。
経済的な理由で、博物館や旅行に頻繁に行けない家庭もあります。
だからこそ、学校や地域、図書館、児童館、塾などが果たす役割も大きくなります。
家庭だけに教育を背負わせないこと。
これも教育格差を縮めるためには重要なのではないでしょうか。
教育格差の本当の怖さ
教育格差の怖さは、
「勉強ができる子」と「できない子」が生まれることだけではありません。
もっと怖いのは、
「自分にはこんな世界がある」と知る機会そのものに差がついてしまうことです。
知らなければ、夢を見ることも難しい。
選択肢を知らなければ、選ぶこともできない。
だから教育とは、単に知識を教えることではないのだと思います。
子どもの前に、できるだけ多くの「世界への扉」を用意すること。
その扉を開けるかどうかは、最後は子ども自身が決めればいい。
しかし、そもそも扉の存在を知らないまま大人になる子どもを、少しでも減らす。
それもまた、教育の重要な役割なのではないでしょうか。