「神の手」はただの反則ではなかった。フォークランド紛争とマラドーナが背負ったもの

1986年メキシコワールドカップ準々決勝。

アルゼンチン対イングランド。

この試合は、サッカー史上最も有名な試合の一つとして知られています。

その理由は、ディエゴ・マラドーナの「神の手」と「5人抜きゴール」。

しかし、この試合の背景には、サッカーだけでは語れない歴史がありました。

フォークランド紛争とは

1982年、イギリスとアルゼンチンは南大西洋にあるフォークランド諸島(アルゼンチン名:マルビナス諸島)の領有権を巡って戦争を行いました。

戦争は約10週間続き、イギリスが勝利。

アルゼンチンでは約650人、イギリスでは約250人の兵士が命を落としました。

この戦争は、アルゼンチン国民にとって今でも忘れられない出来事です。

4年後のワールドカップ

1986年。

両国はワールドカップで対戦します。

アルゼンチン国民にとって、この試合は単なるサッカーではありませんでした。

「戦争では負けたが、サッカーでは負けられない。」

そんな思いが国中にありました。

「神の手」

前半終了間際。

マラドーナは相手GKより先に手でボールを押し込みます。

主審は反則を見逃し、ゴールが認められました。

試合後、マラドーナは

「少しはマラドーナの頭で、少しは神の手で決めた。」

と語ります。

もちろん、ルール上は反則です。

しかしアルゼンチンでは、このゴールは戦争で傷ついた国民を勇気づけた象徴として受け止められました。

世紀のゴール

その4分後。

マラドーナは自陣から約60メートルをドリブルし、5人を抜いてゴール。

この得点は現在でも「20世紀最高のゴール」と呼ばれています。

反則によるゴールと、史上最高とも評されるゴール。

たった4分間で、サッカー史に永遠に残る二つの場面が生まれたのです。

スポーツは歴史と無関係ではない

この試合を見るとき、「神の手」という反則だけを見るのではなく、その背景にあるフォークランド紛争を知ることで、選手や国民が背負っていたものも理解できます。

ワールドカップは、国と国の歴史や感情が交差する舞台でもあります。

歴史を知れば、サッカーはもっと深く、もっと面白く見えてきます。

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