―エーリッヒ・フロムの思想から考える、これからの教育
現代の子どもたちは、過去の子どもたちより多くのものを持っています。
スマートフォン、ゲーム、動画、インターネット、便利な学習サービス。
昔なら一部の人しか触れられなかった情報や娯楽が、今では誰でも手に入ります。
しかし、同時にこんな問題も増えています。
「何をしたらいいかわからない」
「すぐ飽きる」
「もっと楽しいことが欲しい」
「結果が出ないと自信を失う」
なぜ、これほど環境が整っているのに、心が満たされにくいのでしょうか。
そのヒントを与えてくれるのが、ドイツの思想家 エーリッヒ・フロム の「所有すること(Having)」と「存在すること(Being)」という考え方です。
「できる子」と「育つ子」は同じではない
教育の世界でも、私たちはつい「持っているもの」で子どもを評価してしまいます。
良い点数。
良い成績。
良い学校。
多くの資格。
たくさんの知識。
もちろん学力は大切です。
しかし、知識を「持っている」ことと、自分で考え、行動できる力を「育てる」ことは別です。
テストで高得点を取れる子でも、
「何のために学ぶのか」
「自分は何を大切にしたいのか」
がわからなければ、社会に出た後に迷うことがあります。
「正解を集める教育」の限界
現代社会では、答えを早く出す能力が評価されやすくなっています。
しかし、人生にはテストのような明確な正解がない問題もあります。
どんな仕事を選ぶか。
どんな人間関係を築くか。
何に時間を使うか。
そこでは、誰かが作った答えを持っているだけでは対応できません。
必要なのは、
考える力。
失敗から学ぶ力。
自分で選択する力。
つまり「存在する力」です。
子どもに与えすぎると、自由を失うことがある
現代の子育てでは、
「子どもの好きなことを尊重する」
「自由に伸ばす」
という考え方が大切にされています。
これは重要な価値観です。
しかし、自由とは「何でも与えること」ではありません。
選択肢が多すぎると、人は逆に選べなくなることがあります。
遊び道具が少なかった時代の子どもは、工夫して遊びました。
何もない場所で考え、作り、友達と関係を築きました。
制限の中で、人間の創造力が育つこともあります。
教育の役割は「欲しいものを増やすこと」ではない
社会は子どもたちに、
「もっと上へ」
「もっと良いものを」
「もっと評価される自分へ」
と促します。
向上心は大切です。
しかし、それだけでは「いつまでも足りない人生」になる可能性があります。
教育が本当に育てるべきものは、
「何を持っているか」ではなく、
「何を考え、どう生きるか」
ではないでしょうか。
家庭学習で大切なのは「量」だけではない
勉強でも同じです。
何時間やったか。
何ページ進んだか。
数字だけを追うと、学習は苦痛になりやすい。
大切なのは、
「なぜこの問題を解くのか」
「どう考えたのか」
「次はどう改善するか」
という学び方です。
勉強を「点数を取るための作業」から、
「自分を成長させる経験」
に変えること。
そこに教育の本質があります。
物が豊かな時代だからこそ、子どもたちには「もっと持つ方法」だけではなく、
「なくても考えられる力」
「自分で選ぶ力」
「自分の人生を作る力」
を育てる必要があります。
教育とは、子どもを社会に適応させるだけではなく、社会の中で自分らしく生きる力を育てるものなのかもしれません。