【第三部】石油は「武器」になった。オイルショックが日本を変えた日

中東戦争は、なぜ日本のスーパーからトイレットペーパーを消したのか

前回までの記事では、パレスチナ問題の始まりと、イスラエル建国、そして第三次中東戦争(六日戦争)までを見てきました。

イスラエルは軍事的な勝利を重ね、領土を拡大しました。

しかし、その勝利は新たな対立を生みます。

アラブ諸国は考えました。

「戦車では勝てない。しかし、私たちには石油がある。」

この発想が、世界経済を揺るがし、日本人の生活まで一変させることになります。

第四次中東戦争(1973年)

1973年10月6日。

ユダヤ教の祝日「ヨム・キプール」の日に、エジプトとシリアがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けました。

これが**第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争)**です。

戦争序盤はアラブ諸国が優勢でした。

しかし、その後アメリカがイスラエルを支援し、イスラエルは反撃に成功します。

最終的には国連の仲介で停戦が成立しましたが、戦争そのものよりも、その後に起きた出来事の方が世界に与えた影響は大きかったのです。

石油が「経済兵器」になる

第四次中東戦争中、アラブの産油国は西側諸国に対し強い不満を抱きました。

「イスラエルを支援する国には石油を売らない。」

この方針のもと、アラブ産油国は原油の減産や禁輸を実施します。

主導したのは、石油輸出国機構(OPEC)加盟国の中でも、アラブ産油国による協調行動でした。

原油価格は短期間で約4倍にまで高騰し、世界経済は深刻な混乱に陥ります。

この出来事が、第一次オイルショックです。

軍事力ではなく、資源によって世界を動かした歴史的な出来事でした。

日本は最大級の打撃を受けた

1973年当時、日本は輸入する石油の大部分を中東に依存していました。

工場。

発電所。

自動車。

家庭の暖房。

プラスチック製品。

あらゆる産業が石油によって支えられていました。

そのため、原油価格の急騰は日本経済に大きな影響を与えます。

物価は上昇し、多くの企業が経営の見直しを迫られました。

スーパーからトイレットペーパーが消えた

オイルショックと聞いて、多くの日本人が思い出すのがトイレットペーパー騒動でしょう。

「紙がなくなるらしい。」

そんなうわさが広がると、人々は我先にと買い占めに走りました。

実際には、トイレットペーパーの原料は主に木材パルプであり、石油そのものではありません。

しかし、包装材や物流コストの上昇への懸念、そして「品薄になる」という心理が重なり、全国で買い占めが起きました。

この出来事は、デマや不安が人々の行動を大きく変える典型例として、現在でも語り継がれています。

2020年、新型コロナウイルス流行初期にも、同様の買い占めが起きたことを覚えている人も多いでしょう。

ネオンが消えた夜

政府は節電を呼びかけました。

街のネオンは消え、

百貨店は営業時間を短縮し、

企業は照明を減らしました。

エレベーターやエスカレーターの運転を制限する施設もあり、日本中が「省エネルギー」を意識する時代になります。

現在では当たり前になっている省エネ家電や節電の考え方は、この時代の経験が大きなきっかけの一つとなりました。

プロ野球のナイターも中止になった

意外に知られていませんが、オイルショックの影響でプロ野球のナイター開催が制限されました。

夜間照明に大量の電力を使うことから、政府の節電要請を受け、ナイターが昼間開催へ変更されたり、照明使用が制限されたりしました。

当時はスポーツでさえ、エネルギー事情を無視できなかったのです。

野球ファンにとっては、「中東の戦争が日本の野球を変えた」出来事でもありました。

深夜テレビが消えた

テレビ業界も例外ではありません。

放送時間が短縮され、深夜放送を休止する局が相次ぎました。

CMも減少します。

企業は広告費を削減し、生産活動そのものを見直さざるを得なかったからです。

テレビ局にとって、スポンサー収入の減少は大きな痛手でした。

戦争は遠い国で起きていても、その影響は日本の茶の間にまで及んでいたのです。

『ウルトラマンレオ』とオイルショック

特撮ファンの間では有名な話ですが、1974年放送開始の ウルトラマンレオ は、厳しい経済環境の中で制作されました。

※ここでは、オイルショックだけが原因ではなく、当時のテレビ業界全体の不況や制作会社の経営状況も影響していた点に注意が必要です。

スポンサー企業は広告費を抑え始め、制作費の確保が難しくなりました。

その結果、

  • 着ぐるみの改造・流用が増える
  • 特撮シーンを工夫して撮影する
  • 少人数で制作を進める
  • 新人や若手俳優を積極的に起用する

など、限られた予算で番組を作る努力が重ねられました。

また、当時の 円谷プロダクション は経営面でも厳しい状況にあり、こうした要因が重なって制作環境はさらに苦しくなりました。

逆境の中で生まれた作品だからこそ、多くのファンの記憶に残っているとも言えるでしょう。

日本企業は危機をチャンスに変えた

オイルショックは日本経済に大きな打撃を与えました。

しかし、日本企業はそこで終わりませんでした。

「石油を使わない技術を開発しよう。」

省エネ家電。

燃費の良い自動車。

高効率の工場設備。

こうした技術開発が進み、日本製品は世界市場で高く評価されるようになります。

危機は、日本のものづくりをさらに強くした側面もありました。

戦争は遠い国だけの問題ではない

中東。

日本から約9,000キロ以上離れた地域です。

しかし、その地域で起きた戦争は、

スーパーの商品を変え、

テレビ番組を変え、

スポーツを変え、

企業活動を変え、

そして私たちの日常生活まで変えてしまいました。

世界は思っている以上につながっています。

だからこそ、国際情勢を「自分には関係ない」と考えることはできません。

教育として考えたいこと

オイルショックが教えてくれるのは、「資源を持つ国」と「資源に依存する国」の関係です。

また、情報が不十分な中で人々が不安に駆られると、買い占めなどの行動が広がることも示しました。

歴史は単なる過去ではありません。

現在のエネルギー問題、物価上昇、国際紛争、そして情報との向き合い方を考えるヒントが詰まっています。

子どもたちには、出来事を暗記するだけではなく、「なぜそうなったのか」「自分たちの暮らしとどうつながるのか」を考えられる力を身につけてほしいと思います。

それこそが、歴史を学ぶ本当の意味ではないでしょうか。

次回予告

第四部では、

  • エジプトとイスラエルの和平
  • パレスチナ解放機構(PLO)の登場
  • ハマス誕生の背景
  • オスロ合意と和平の挫折
  • ガザ地区をめぐる対立
  • イラン、ヒズボラなど地域情勢
  • 2023年以降の戦闘と2026年現在まで続く問題
  • 日本がこの100年の歴史から学ぶべきこと

を取り上げ、「なぜこの問題は今なお解決しないのか」を多角的に考えます。

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