元プロ野球選手の広澤克実さんが、かつてこんな趣旨の話をしていました。
「一流選手は過程まで評価される。しかし、それ以外は結果しか見てもらえない。」
この言葉を聞いたとき、私は教育にも通じるものがあると感じました。
社会は結果で評価される
受験は合格か不合格。
就職は採用か不採用。
営業は売上。
スポーツは勝敗。
社会には、どうしても「結果」で評価される場面があります。
どれだけ努力しても、結果が出なければ評価されないことも少なくありません。
これは厳しい現実です。
だからこそ教育は「過程」を見なければならない
一方で、子どもまで結果だけで判断してしまったらどうでしょう。
テストで40点。
「ダメだったね。」
これで終わってしまえば、子どもは努力する意味を見失います。
しかし、
昨日まで10分しか勉強できなかった子が30分続けられた。
英単語を毎日覚える習慣がついた。
苦手だった数学を諦めずに取り組んだ。
こうした「過程」を認めることが、次の結果につながります。
過程を認めることは、結果を軽視することではない
誤解してはいけないのは、「努力だけ褒めればいい」ということではありません。
社会では結果も大切です。
だからこそ教育は、
過程を認めながら、結果につながる努力の仕方を教える場所
であるべきだと思います。
ただ頑張るのではなく、
どう勉強すれば伸びるのか。
どこを改善すればいいのか。
その方法まで教えることが教育の役割です。
最後に
社会は、時に厳しく結果を求めます。
だからこそ、家庭や学校、塾は、子どもの努力や成長の過程を見守る場所であってほしいと思います。
過程だけでは社会を渡っていけません。
結果だけでは人は育ちません。
過程を大切にしながら、結果につなげる力を育てること。
それこそが、本当の教育ではないでしょうか。