「他人を見下さないと生きていけない人」が増えているのか

最近、SNSを見ているとこんな言葉を目にします。

「そんなことも知らないの?」
「偏差値が低い人は努力不足。」
「親が悪い。」
「底辺。」

誰かを批判したり、見下したりすることで、多くの「いいね」が集まる時代です。

「昔より、人を見下す人が増えた。」

そう感じる人も少なくないでしょう。

しかし、本当に人が変わったのでしょうか。

実は心理学には「社会的比較理論」という考え方があります。

人は、自分の価値を確認するために、他人と自分を比べる生き物です。

自分より優れた人を見る「上方比較」。
自分より苦労している人を見る「下方比較」。

どちらも自然な心理です。

特に、自信を失った時、人は無意識に「自分より下だ」と思える相手を探し、一時的に安心しようとする傾向があります。

つまり、人を見下す行動は、本当の意味で強い人の行動ではありません。

むしろ、自分の心を守ろうとしているサインである場合もあります。

SNSが比較を加速させる

昔も比較はありました。

しかし、比較する相手は学校や職場、近所の人くらいでした。

今は違います。

スマートフォンを開けば、世界中の人と比較できます。

「年収」
「学歴」
「子育て」
「旅行」
「恋愛」
「容姿」

24時間、自分と誰かを比べ続けられる環境です。

すると、自分に自信が持てなくなり、その反動として誰かを攻撃したり、見下したりすることで心のバランスを取ろうとする人もいます。SNSは比較の機会を大幅に増やしていると考えられています。

子どもは大人を見て育つ

子どもは、大人の言葉をよく見ています。

「この子は頭が悪い。」
「○○高校なんて意味がない。」
「今の若者は。」

こうした言葉を日常的に聞けば、「人は比べるもの」「自分より下を探すもの」と学んでしまいます。

逆に、

「昨日の自分より成長したね。」
「努力したことが素晴らしい。」
「人にはそれぞれ得意なことがある。」

そんな言葉を聞いて育った子どもは、他人との比較ではなく、自分自身の成長に目を向けられるようになります。

教育で本当に育てたい力

私は塾で子どもたちに伝えています。

競争は必要です。

しかし、競争と見下すことは全く違います。

競争とは、自分を成長させるためのもの。

見下すことは、自分を大きく見せるためのもの。

似ているようで、正反対です。

本当に学力が高い人ほど、人を馬鹿にしません。

本当に仕事ができる人ほど、人を見下しません。

なぜなら、自分の価値を他人を下げることで証明する必要がないからです。

最後に

教育で最も大切なのは、「他人より上になること」だけではありません。

昨日の自分より一歩前に進めたか。

失敗した友達を笑うのではなく、励ませる人になれたか。

自分と違う考えを持つ人にも敬意を払えるか。

そんな人間力こそ、社会に出てから長く評価される力です。

他人を見下して得られる優越感は一時的です。

しかし、自分を磨き続けて得られる自信は、一生の財産になります。

子どもたちには、「誰かより上」を目指すのではなく、「昨日の自分より成長した自分」を目指す教育を伝えていきたいものです。

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