発達障害のある子どもと関わる教育現場では、同じような特性を持っていても、子どもによって成長の仕方や周囲との関係性に大きな違いが生まれることがあります。
その違いは、必ずしも「障害の程度」だけで決まるものではありません。
むしろ重要なのは、家庭が子どもの特性をどのように理解し、学校や塾などの周囲とどのように連携しているかではないでしょうか。
もちろん、家庭だけを原因として子どもの将来を決めつけることはできません。本人の特性、環境、支援、出会う人々など、さまざまな要素が関係します。
そのうえで、教育現場から見えてくる違いについて考えてみたいと思います。
「理解すること」と「何でも許すこと」は違う
発達障害のある子どもには、本人の努力だけでは解決しにくい苦手さがあります。
たとえば、感情のコントロールが難しい、相手の気持ちを読み取ることが苦手、予定変更への対応が難しい、集中を維持することが難しいなど、人によってさまざまです。
だからこそ、
「なぜできないの?」
と責めるだけでは、問題は解決しません。
必要なのは、
「何が難しいのだろう?」
「どうすればできるようになるだろう?」
と考えることです。
しかし、ここで注意したいのが、特性を理解することと、問題行動をすべて許容することは別だということです。
「発達障害だから仕方ない」
で終わってしまうと、本人が社会の中で生きていくために必要なルールや人との関わり方を学ぶ機会を失ってしまう可能性があります。
向き合える家庭に見られる特徴
子どもの特性と向き合えている家庭には、いくつか共通する傾向があります。
まず、子どもの苦手な部分を冷静に見ようとします。
そして、学校や塾、医療機関など、必要な支援先と情報を共有します。
「うちの子を悪く言わないでください」
という姿勢ではなく、
「どうすればこの子がうまくいくでしょうか?」
と一緒に考える姿勢です。
また、子どもの味方でありながら、間違った行動についてはきちんと伝えます。
「あなた自身は大切な存在。でも、その行動は直していこう」
という考え方です。
これは、子どもを否定することではありません。
むしろ、社会の中で自立していくために必要な教育です。
向き合うことが難しい家庭では何が起きるのか
一方で、子どもの問題行動をすべて「特性だから仕方がない」と捉えてしまうと、別の問題が生じることがあります。
たとえば、トラブルが起きたときに、
「先生の対応が悪い」
「学校が理解してくれない」
「周囲の子どもが悪い」
と、原因を常に外側に求めてしまうケースです。
もちろん、本当に学校側や周囲に問題がある場合もあります。
だからこそ、重要なのは感情的にどちらかを悪者にすることではなく、何が起きたのかを事実として確認することです。
子どもに特性がある場合でも、
「本人に困難があったこと」
と、
「本人の行動によって周囲が困ったこと」
は、同時に成立します。
本人が困っているからといって、周囲の人が困っていないとは限りません。
子どもの頃に「責任」を学ぶ意味
教育の役割は、子どもを守ることだけではありません。
将来、自分自身で社会生活を送れるようにすることも重要です。
そのためには、
「困ったら助けを求めていい」
ということと同時に、
「自分の行動にも責任がある」
ということも教える必要があります。
この二つは矛盾しません。
むしろ、
「あなたには苦手なことがある。でも、だからといって何をしてもいいわけではない」
という考え方こそ、本人の自立につながるのではないでしょうか。
大人になったときに現れる違い
子どもの頃から自分の特性を理解し、周囲と相談する経験を積んできた人は、大人になってからも、
「自分はこういうことが苦手です」
「こういう方法ならうまくできます」
「少し手助けしてもらえますか」
と、自分の状態を説明できるようになることがあります。
これは社会生活において非常に大きな力になります。
一方で、幼少期から何か問題が起きるたびに周囲だけが悪いという経験を重ねてしまうと、大人になってから注意や指摘を受けた際に、
「自分を否定された」
「相手が悪い」
と受け止めてしまうことがあります。
その結果、職場や人間関係で同じようなトラブルを繰り返してしまう可能性もあります。
ただし、ここでも「そうなる」と決めつけてはいけません。
大人になってから自分の特性を理解し、これまでの経験を振り返り、行動を変えていく人もたくさんいます。
人は何歳からでも学び直すことができます。
教育現場が大切にしたいこと
学校や塾などの教育現場に求められるのは、「発達障害のある子どもを特別扱いすること」でも、「すべてを我慢すること」でもありません。
必要なのは、
その子に必要な配慮をしながら、同時に社会のルールも教えていくこと
だと思います。
そして、そのためには家庭との連携が欠かせません。
家庭、学校、塾、専門機関がそれぞれ別々に対応するのではなく、
「この子が将来、自分で生きていくためには何が必要なのか」
という視点を共有することが大切です。
最後に
発達障害は、その人の人生すべてを決めるものではありません。
特性があっても、自分の得意・不得意を理解し、周囲と良好な関係を築きながら社会で活躍している人はたくさんいます。
大切なのは、
「障害があるから仕方ない」でもなく、
「障害があるから人一倍頑張れ」でもない。
その間にある、
「あなたにはこういう特性がある。だから、こういう方法で生きていこう」
という教育なのではないでしょうか。
子どもを守ること。
子どもの可能性を信じること。
そして、社会の中で自立できるように必要なことを教えること。
この三つを両立させることが、子どもの未来を考えるうえで大切なのだと思います。