「闇バイト」という言葉を聞くと、どこか映画やゲームのような危険でミステリアスな響きを感じる人もいるかもしれません。
しかし、みうらじゅんさんは、「闇バイトではなく『バカバイト』と呼べばいい」「暴走族も『珍走団』と呼べばいい」という趣旨の発言をしています。
私は、この考え方には教育にも通じる大切な視点があると思います。
名前はイメージを変える
人は言葉からイメージを作ります。
「闇バイト」という表現には、危険ではあるものの、どこか裏社会や秘密組織のような格好良さを連想してしまう人もいます。
一方で、「バカバイト」と言われたらどうでしょう。
「かっこいい」ではなく、「愚かな行為」という印象になります。
同じ行為でも、呼び方が変わるだけで受け止め方は大きく変わります。
暴走族を「珍走団」と呼ぶように提案された背景にも、「武勇伝のような印象を与えないため」という意図がありました。
教育でも「言葉」は子どもを育てる
教育現場でも同じことが起こっています。
例えば、
- 「勉強ができない子」
- 「問題児」
- 「落ちこぼれ」
こうした言葉を繰り返し浴びた子どもは、その言葉どおりの自分になろうとしてしまうことがあります。
逆に、
- 「まだ伸びる途中」
- 「努力できる子」
- 「今回はうまくいかなかっただけ」
という言葉は、子どもの可能性を広げます。
もちろん、言葉だけで学力が上がるわけではありません。
しかし、言葉は「自分はどんな人間なのか」という自己認識に影響を与え、その後の行動にもつながります。
犯罪を「格好いいもの」にしない
闇バイトの実態は、アルバイトではありません。
特殊詐欺や強盗などの犯罪に加担させられ、実行役だけが逮捕されるケースが多く、人生を大きく狂わせます。
それにもかかわらず、「バイト」という言葉が付くことで、犯罪への心理的なハードルを下げてしまう可能性があります。
だからこそ、「犯罪は犯罪である」「愚かな選択である」ということが伝わる言葉選びは、教育的にも意味があります。
子どもに教えたいこと
私たち大人が教えるべきなのは、勉強だけではありません。
「言葉には人を傷つける力も、人を育てる力もある。」
そして、
「格好よく見えるものが、本当に価値あるものとは限らない。」
という価値観です。
言葉を変えるだけで社会問題が解決するわけではありません。しかし、言葉は人の認識を変え、認識は行動を変えるきっかけになります。
教育とは、知識を教えるだけでなく、物事を正しく見る「ものさし」を育てる営みでもあります。
だからこそ、私たち大人は、子どもたちにどんな言葉を届けるのかを、これまで以上に大切にしたいものです。