手取り足取り教えることは、一見すると親切に見えます。
分からないところをすぐに教え、失敗しそうになれば先回りして助ける。子どもは安心できますし、大人も「役に立てた」と感じるでしょう。
しかし、それが当たり前になってしまうと、子どもは「自分で考える力」を育てる機会を失ってしまいます。
社会に出れば、いつも誰かが答えを教えてくれるわけではありません。
分からないことを調べる力、情報を整理する力、試行錯誤を繰り返しながら解決策を見つける力、失敗を次につなげる力が求められます。
こうした力は、答えを与えられることで身につくものではなく、自分で考え、悩み、挑戦する経験の中で育まれていきます。
もちろん、「自分で考えなさい」と突き放すことが教育ではありません。
本当に大切なのは、子どもが一人で解決できないときに必要なヒントを与え、自分の力で最後までたどり着けるよう支えることです。
教育には、「教える」と「支える」の違いがあります。
「教える」ことは答えを渡すことですが、「支える」ことは答えにたどり着く力を育てることです。
だから私は、教育の目的は「正解を早く出せる子ども」を育てることではなく、「正解が分からない問題にも、自分で考え続けられる人」を育てることだと考えています。
これからの社会は、AIの発達によって「知識を知っていること」の価値が相対的に低くなり、「問いを立てる力」「考え抜く力」「判断する力」の重要性がますます高まるでしょう。
だからこそ、大人はすべての答えを与えるのではなく、子どもが自ら学び、挑戦し、失敗し、また立ち上がる経験を支えていくことが大切です。
手取り足取りでは、人は育ちません。
教育とは、「答えを教えること」ではなく、「自分で答えを見つけられる人」を育てること。
その積み重ねが、変化の激しい時代を自分らしく生き抜く、本当の「生きる力」につながるのではないでしょうか。