先日、とても印象的な動画を見ました。
動画の中では、人間関係の悩みについて、少し過激な表現が使われていました。
「嫌な出来事から学びを得たら、残りは“うんこ”だから流してしまえばいい。」
最初は思わず笑ってしまいました。しかし、その比喩の奥には、心理学にも通じる大切な考え方があると感じました。
私は教育に携わる一方で、心理カウンセラーとして学んできました。その立場から、この考え方を教育と心理学の視点で考えてみたいと思います。
私たちは「嫌なこと」を何度も思い返してしまう
学校でも職場でも、たった一言の悪口や失敗を何日も引きずってしまうことがあります。
「あの時、あんなことを言われた。」
「どうしてあんな態度を取られたんだろう。」
実は、このように嫌な出来事を何度も繰り返し考えてしまう状態を、心理学では「反すう(Rumination)」と呼びます。
反すうは問題を解決するどころか、不安や落ち込みを長引かせることが、多くの研究で示されています。
大切なのは「学び」と「執着」を分けること
動画では、「学びだけ受け取って、残りは流そう」と表現していました。
私は、この考え方に共感します。
例えば、
「人前で人を傷つけるような言葉は使わない人になろう。」
「自分はあんな先輩にはならない。」
このような学びは、自分の人生に残せばいい。
しかし、その後も相手への怒りや後悔を何度も思い返し続けることは、自分の大切な時間や心のエネルギーを消耗させるだけです。
心理学では、自分で変えられないことに意識を向け続けるよりも、「今、自分にできること」に注意を戻すことが、心の健康につながると考えられています。
ただし、「流してはいけない悩み」もある
ここで誤解してはいけないことがあります。
いじめやパワーハラスメント、家庭内暴力など、深刻な問題まで「忘れればいい」「流せばいい」という意味ではありません。
そのような場合は、一人で抱え込まず、家族や学校の先生、スクールカウンセラーなど信頼できる大人に相談することが大切です。
「手放すこと」と「我慢すること」は、まったく違います。
子どもたちに伝えたいこと
私は塾で多くの子どもたちと接しています。
友達とのトラブルや先生から言われた一言を、何日も気にしてしまう子は少なくありません。
もちろん、傷つくこと自体は自然な反応です。
しかし、その出来事に何日も心を縛られ続けるより、「この経験から何を学べるだろう」と考えられるようになると、人は少しずつ強くなっていきます。
教育とは、知識を教えるだけではありません。
嫌な出来事に出会ったとき、それを一生抱え続けるのではなく、自分の成長の糧に変えられる力――つまり「レジリエンス(心理的回復力)」を育てることも、大切な教育だと私は考えています。
人生には、どうしても避けられない理不尽があります。
だからこそ、学ぶべきことを学んだら、必要以上に心を縛る重荷は手放す。
その「手放す力」もまた、子どもたちが幸せに生きていくために身につけてほしい、大切な力ではないでしょうか。