「テストで100点を取ったら褒めてあげる。」
「すごいね!頭がいいね!」
子どもを励ますために、こうした言葉をかけることは決して悪いことではありません。しかし、教育に携わる中で感じるのは、「褒められること」が学ぶ目的になってしまう子が少なくないということです。
哲学者ショーペンハウアーは、人間は他人の評価を求めすぎると幸福から遠ざかると述べました。
この考え方は、教育にも深く関係しています。
「褒められたい」が目的になる危険
「先生に褒められたい。」
「親に認められたい。」
「友達よりいい点数を取りたい。」
もちろん、こうした気持ちは勉強を始めるきっかけになります。
しかし、それだけが原動力になると問題が起こります。
褒められれば頑張れる。
褒められなければやる気を失う。
すると、自分の価値を他人の評価でしか測れなくなってしまいます。
高校受験でも社会に出てからでも、いつも褒めてくれる人がいるとは限りません。
だからこそ、「自分で努力したことに満足できる力」を育てることが大切なのです。
本当に伸びる子は「昨日の自分」と競争している
成績が伸びる子には共通点があります。
「今回は英単語を50個覚えられた。」
「前回より計算ミスが減った。」
「毎日30分勉強を続けられた。」
比べる相手が他人ではありません。
昨日の自分です。
この積み重ねが自己肯定感になります。
自己肯定感とは、「何でもできる」と思い込むことではありません。
「努力すれば少しずつ成長できる。」
そう信じられることです。
褒めるよりも認める
教育現場では「褒める教育」がよく話題になります。
しかし私は、「認める教育」の方が大切だと思っています。
例えば、
「100点を取れてすごいね。」
よりも、
「毎日漢字練習を続けた成果が出たね。」
この方が、子どもは努力と結果を結びつけて考えられるようになります。
才能ではなく、努力を認める。
そうすることで、子どもは他人の評価ではなく、自分の成長を楽しめるようになります。
SNS時代だからこそ必要な教育
今の子どもたちは、SNSの「いいね」やフォロワー数が評価になりやすい時代に生きています。
動画の再生回数。
ゲームのランキング。
通知の数。
他人からの反応が、自分の価値だと思い込みやすい環境です。
だからこそ、大人が教えなければならないことがあります。
「君の価値は数字では決まらない。」
「努力したこと。」
「人に優しくできたこと。」
「約束を守れたこと。」
「最後までやり抜いたこと。」
こうした人格や習慣こそ、一生の財産になります。
最後に
ショーペンハウアーは、「幸福の土台を他人ではなく、自分の内側に置きなさい」と語りました。
教育も同じです。
子どもが目指すべきなのは、「褒められる子」ではありません。
「自分自身で納得できる努力を続けられる人」になることです。
誰かに評価される人生は、その相手がいなくなれば不安になります。
しかし、自分で自分の努力を認められる人は、環境が変わっても成長を続けることができます。
私たち大人の役割は、子どもをたくさん褒めることだけではありません。
子ども自身が、「今日は昨日より少し成長できた」と感じられる環境をつくること。
それこそが、本当の意味で「生きる力」を育てる教育なのではないでしょうか。