「自分の国の歴史を誇りに思いなさい。」
「歴史の過ちを反省しなさい。」
一見すると、この二つは正反対のように思える。
しかし、世界史を学ぶと、実はどちらも必要だということが分かる。
例えば、大航海時代。
スペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、オランダは世界中に進出し、広大な植民地を築いた。
その結果、交易や科学技術、文化交流が進んだ一方で、奴隷貿易や植民地支配、先住民への迫害という負の歴史も生まれた。
どの国にも、光と影がある。
スペインでは、植民地支配をめぐる歴史が現在でも議論されている。
一方、イギリスやオランダも植民地支配や奴隷制度について研究が進み、政府による謝罪や教育の見直しが行われている。
つまり、「反省している国」と「反省していない国」に単純に分けられるわけではない。
違うのは、その歴史をどのように教育し、社会の中で位置付けているかである。
歴史教育で最も危険なのは、二つの極端な考え方だ。
一つは、「自国の歴史はすべて素晴らしい」と教えること。
もう一つは、「自国の歴史は悪いことばかりだった」と教えること。
どちらも、歴史を正しく理解することにはつながらない。
歴史とは、人間の営みそのものである。
だから、誇るべき出来事もあれば、反省すべき出来事もある。
日本も例外ではない。
世界最古の王朝が続く国であること、優れた文化や技術を育んできたことは誇るべき歴史だ。
一方で、戦争や国際関係について学び、過去の出来事を検証することも欠かせない。
私は、教育で大切なのは「自虐史観」と「自国礼賛」のどちらかを選ぶことではないと思う。
必要なのは、史実に基づき、多面的に考える力を育てることだ。
子どもたちには、「自分の国を知ること」と「世界を知ること」を同時に学んでほしい。
自国の文化や歴史に誇りを持つ人は、他国の歴史や文化も尊重できる。
逆に、自国のことを何も知らなければ、世界の中で自分の立ち位置を理解することも難しい。
歴史教育の目的は、過去を裁くことではない。
過去から学び、未来をより良くする知恵を身につけることだ。
世界史を学べば、どの国にも成功と失敗があることが分かる。
だからこそ、歴史を一面的に語るのではなく、事実を学び、自分の頭で考える力を育てることが、これからの教育に最も必要なのではないだろうか。